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東京地方裁判所 平成2年(モ)13892号 判決

債権者

内藤哲也

右訴訟代理人弁護士

副島洋明

債務者

山中善明

右訴訟代理人弁護士

工藤舜達

第三債務者

社会保険診療報酬支払基金

右代表者理事長

正木馨

第三債務者

千葉県国民健康保険団体連合会

右代表者理事長

長谷川録太郎

主文

一  債権者の債務者に対する東京地方裁判所平成二年(ヨ)第三五二五号債権仮差押申請事件について、同裁判所が、同年七月一八日にした仮差押決定を取り消す。

二  本件申請を却下する。

三  訴訟費用は債権者の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一債権者

主文第一項掲記の決定(以下「本件決定」という。)を認可する。

二債務者

主文同旨

第二事案の概要

一債権者は貨幣商で、債務者は医師であるが、昭和五〇年又は昭和五二年ころから昭和六三年八月又は九月ころまでの間、外国コインの継続的な販売取引をしてきた(取引期間については争いがあるが、本件の争点ではない。)。

債権者は債務者に対し、昭和五二年二月二八日から昭和六三年八月三一日までの外国コインの売買代金の未払代金債権一九〇〇万円があるとして、これを保全するために債務者の第三債務者らに対する診療報酬債権の仮差押申請をし、これを認容する本件決定を得た。

二本件の争点は、保全の必要性の存否である(被保全権利の存否の確定は、両者間の本案訴訟に委ねられている。)。

第三争点に対する判断

一債務者の資産等

1  疎明及び弁論の全趣旨によれば、債務者の資産に関し、次の事実を一応認めることができる。

① 債務者は、三井銀行に対する五〇〇〇万円の譲渡性預金を有していた(〈証拠〉)。ただし、本件決定後、債務者はこれを期限経過により払い戻し、その一部を次の②③に当てている。

② 債務者は、平成二年八月一〇日に三〇六五万〇〇〇三円で購入した二五万カナダドルのカナダ割引国債を有している(〈証拠〉)。

③ 債務者は、同年一〇月八日ころ三五〇万円で購入した金地金の投資信託金貯蓄口座を有している(〈証拠〉)。

④ 債務者は、同年二月二六日に五〇〇〇万円で購入した投資信託国債マイシステムを有している(〈証拠〉)。

⑤ 債務者は、同年七月三日に五四五万七二七五円で購入した四八〇〇〇オーストラリアドルのオーストラリア割引国債を有している(〈証拠〉)。

⑥ 債務者は、昭和四七年から昭和五九年の間に取得した、〈あ〉皆川城カントリークラブ(平成二年八月時点の売買価格相場約四二〇〇万円)、〈い〉土浦カントリー倶楽部(同約一四五〇万円)、〈う〉オーク・ヒルズカントリークラブ(同約五八〇〇万円)及び〈え〉カントリークラブザ・レイクス(同約三〇〇〇万円)の四ゴルフクラブの個人正会員権(同合計約一億四四五〇万円)を有している(〈証拠〉)。

⑦ 債務者は、昭和六〇年に建築した千葉県浦安市入船四丁目所在の床面積170.10平方メートルの木造亜鉛メッキ鋼板葺平屋建診療所建物を所有している(〈証拠〉)。この敷地である宅地二筆は、債務者の父母がそれぞれ所有するもので、その平成二年度の固定資産評価額は合計二三〇〇万円を超え、実勢価額は坪単価三〇〇万円として計算しても六億八〇〇〇万円を超え、他方、担保権としては父所有の土地(右計算による実勢価額は約三億円)に極度額二億三五〇〇万円の根抵当権が付されているだけである(〈証拠〉)。この敷地に債務者は右建物の所有を目的とする使用借権を有しており(〈証拠〉)、この借地権価額はこれを敷地の価額の一割とみても六八〇〇万円となる。なお、右建物には三井銀行(錦糸町支店扱い)の極度額四〇〇〇万円の根抵当権が設定されているが、平成二年七月三一日現在の同銀行(同支店扱い)に対する債務残高は二二一〇万円である(〈証拠〉)。

⑧ 債務者は、昭和六三年ころ、買戻特約付きで購入した千葉県浦安市日の出四番地・五番地所在のマンション(フォーラム海風の街七号棟一〇三号室―床面積120.23平方メートル)の二分の一の共有持分を有している(〈証拠〉)。なお、これには債務者を連帯債務者とする住宅・都市整備公団の債権額八九〇四万四八〇〇円の抵当権が設定されており、同公団からの譲渡代金の残高は割賦金が八四〇四万〇八〇〇円、元金が三九八〇万円である(〈証拠〉)。

⑨ 債務者は、昭和四九年に大学医学部を卒業し、大学付属病院に勤務していたが医局長を最後に退任し、昭和六〇年三月から右⑦で耳鼻咽喉科を開業しており(〈証拠〉)、所得税確定申告における所得金額は、昭和六〇年分が三三九六万三一六〇円、昭和六一年分が四七〇三万六〇〇一円、昭和六二年分が三七九八万〇七一六円、昭和六三年分(みなし法人課税)が三九二九万八七二五円である(〈証拠〉)。

⑩ なお、本件決定によって、第三債務者社会保険診療報酬支払基金は、平成二年五月分の三七八万四二三〇円、同年六月分の四二三万一九三七円、同年七月分の一部一九八万三八三三円(合計一〇〇〇万円で仮差押債権額と同額)の診療報酬債権を供託している(当裁判所に顕著な事実)。

2  債権者は、債務者が株や土地等の「財テク」、「投機」行為に熱心で、右1に認定した資産はいずれも流動的なものであり、債権者が本案の勝訴判決を得てもその強制執行には著しい困難が生ずるおそれがあると主張する。

確かに、債務者は、例えば右1⑥認定のゴルフクラブ会員権について、昭和六一年八月二七日付けでこれらの会員権を計七九〇〇万円(〈あ〉二二〇〇万円、〈い〉六〇〇万円、〈う〉三八〇〇万円、〈え〉一三〇〇万円)と評価してこれを債権者の有する同額の外国コインと交換する旨の契約をし(〈証拠〉)、次いで、昭和六二年三月一日付けで逆に債権者に属していたこれらの会員権を計一億九八〇〇万円(〈あ〉七〇〇〇万円、〈い〉一三〇〇万円、〈う〉八〇〇〇万円、〈え〉三五〇〇万円)と評価してこれを債務者の有する同額の外国コインと交換する契約をしている(〈証拠〉)ことが一応認められる。このような契約自体、両者間の真の合意があったのかは疑問であるが、それが肯定されるとすれば、ゴルフ会員権の価額は相当流動的あるいは主観的評価によるものであり、しかも、債務者が他に五か所ほどのゴルフクラブ会員権を有している(〈証拠〉)ことからすれば、債務者のゴルフ会員権の取得は、その施設利用のためだけではなく、財産形成のための手段として用いられている投機的色彩を有するものというべきである。

また、右1①の譲渡性預金は、個人及び法人を対象に発行される(〈証拠〉)ものではあるが、主として会社等が短期金利を稼ぐために利用されることが多いもの、同④の投資信託は元本の保障がないもの、同⑤は相場の影響を受け易く、いずれも金融機関の担保とはなりにくいものである(〈証拠〉)ことが一応認められ、同②も右⑤とほぼ同様のものと推認できる。したがって、これらはいずれも投機的要素をもち、資産運用として危険を伴うものといえる。

さらに、債務者は、株取引や土地取引をしていること及び会社の経営に参画している(〈証拠〉)ことが一応認められ、これらも危険負担の伴うものといえる。しかし、これらの株取引等の具体的内容、これによる債務者の負債の有無等についての疎明はなく、また、債務者が債権者の主張する未払代金債務を支払わなかったのは、これら取引による資金繰りの関係によるものと認めるに足りる疎明もない。

3  他方、債務者は、自らが「山中財閥」の一員であり、巨額の資産を有していると主張している。

しかし、債務者の父が東京都墨田区で機械製作工場の経営をしているなど実家がいわゆる資産家である(〈証拠〉)ことは一応認められるものの、父母の資産の多寡は直接債務者の資産状況に影響を及ぼすものではなく、また、「山中財閥」の実体及び債務者の前記認定以外の資産状況等については不明である。なお、債務者は「貸しビルその他の不動産」を有していると主張するところ、債務者の現住所地は別紙当事者目録記載のとおりであることからすると(〈証拠〉)、右1⑧認定のマンションは他に賃貸していることも考えられる。

二保全の必要性

1 仮差押えは、将来における金銭債権の強制執行の保全を目的とするもので、これが不能となり又は著しい困難を生ずるおそれがあるときは、保全の必要性が肯定されることになり、他方、これにつきなんらかの危惧があるという程度では保全の必要性は否定されるべきであると考えられる。そして、この必要性の有無は、債務者の現在の資産状況(積極・消極財産の評価・種類・内容等)を中心に、その他債務者の職業・信用状態等によって判断されることになる。

2 本件の場合、債務者の現在の資産状況は右一のとおりであり、右一1②ないし⑥及び⑧は、いずれも投機的色彩を有していて、将来の強制執行の際になお債務者の責任財産を構成している可能性はやや低いものというべきである。

反面、債務者は、これまでの間一六年余にわたって医師として稼働してきており、債権者との未払代金を巡る本件紛争以外の金銭トラブルその他前記認定以外の負債の存在を認めるに足りる疎明はない。また、債務者は、右一1⑨⑩のとおり、社会保険診療報酬支払基金から受ける診療報酬だけでも毎月四〇〇万円前後存し、最近数年の年間所得金額も三〇〇〇万円を超過している高額所得者である。加えて、同⑦の診療所建物は、債務者の医師としての活動の拠点であることからすると、債務者の株取引その他投機的な取引が一般論として責任財産の減少をもたらす可能性のあることは否定できないとしても、これら取引によって、債務者が医師としての活動の拠点である診療所建物まで喪失し、あるいは診療報酬を得られなくなるとまでは考えられない。

ところで、本件決定の被保全権利とされているのは、前記第二の一のように一九〇〇万円の未払代金債権であり、この程度の金銭債権であれば、原時点でこれが存在すると仮定しても、右一1⑦の診療所建物に対する強制執行等による満足には不安はないものといえる。そしてその存否が本案判決で確定されるまでにさほど長期間の審理の必要はないと見込まれるところ、仮に本案で債権者が勝訴判決を得て強制執行する場合でも、その時点で、少なくとも右一1⑦は残存している可能性は高く、また、診療報酬債権その他債務者の財産権に対する強制執行も著しく困難となる可能性は乏しいものと考えられる。

三そうすると、本件においては保全の必要性はないものというべきである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官笠井勝彦)

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